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2009年6月

食の原体験

ふかしいも(さつまいも:味付けは塩)、ふかしいも(じゃがいも:味付けは砂糖醤油)、トウモロコシ、団子(味付けはみたらし)などが、私の子どもの頃の主なおやつでした。せんべいやかりんとうなども食べましたが、ほとんどが畑のものや果樹だったように思います。子どもの頃といっても、10歳頃までだったように思います。

10歳ごろまでに何をどのように、誰と食べたかがその人間の大きく影響するといわれています。食は、それが満たされていたか否かはあっても、人との関わりが付いて回るものです。ですから、食の思い出といっても、思い出したくなる記憶とそうでないものがおのずとあるでしょうし、子どもの頃の記憶が自身を勇気づけるものでありもすれば、逆に自身を苛まされるものであったりもするのです。

私の食の記憶に必ず出てくるのは、祖母の姿です。人は記憶を自分の都合のいいように変化させるところがあるということですから、私も古い古い記憶を、自分の都合のいいように美化している面もあるのかもしれませんが、食べ物を介しての祖母との思い出は懐かしく、温かい記憶です。

10代中盤から20代前半まで、食に関しては決してほめられた食生活を送ってきたわけではありませんが、自身が人の親になり、子どもに何を食べさせたいかと考えた時に、思い出されてくるのは幼少期に自分が祖母に食べさせてもらったものが多かったのです。

中でも、私は、祖母の作る「いがまんじゅう」が大好きでした。「いがまんじゅう」は、私の田舎である、埼玉県の北部地域の名物ともなっているものですが、こしあんの饅頭のまわりに赤飯がまぶしてあるものです。これは、周期的に無性に食べたくなります。

いがまんじゅうの詳細(ごちそう埼玉)

皆さんはいかがでしょう?幼少期の食の思い出・・・食の原体験といえるものがありますか?

家庭での食でも、保育園における食でも、人とのつながりを感じられる食の体験を子どもたちにたくさん経験してもらいたいと思います。食は毎日の営みですから、日々の繰り返しの中で子どもたちが、人のこころを感じて大きくなっていってほしいと願っています。

それが、大人になった時に、自分を支えてくれる柱の一つとなってくれると思うのです。

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6月風物

6_064_2 6_065_2 6_066 だいぶ前も、中島さんの畑で摘ませて頂いた赤シソを、梅干しにするために漬けている梅と一緒に漬け込むために、職員がシソもみをしていますと、その様子を見て、「ぼくもやりたい」「わたしもしたい」と、数人の子どもたちが参加していました。

昨日は、2階での仕事を終えて、1階に降りてくると、あたり一面にシソの香りを漂っていました。外に目をやると、やはり職員と子どもたちでシソもみをしています。香りに導かれるように人だかりができていきます。交代で子どもたちも手を真赤にしてシソをもんでいました。

子どもたちにやらせるためのものではなく、生活の流れの中で、できるところを子どもたちも参画していくことが大事だと私たちは考えていますが、食に関わることは、それが本当に自然にできるなあと思っています。

自分の力をしっかりとつかって、大人からありがたがられて、自分たちなりの満足感を感じてくれていると思います。梅の漬けあがりも楽しみです。

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年長!じゃがいも掘り

今日は、午前中、年長さんたちと一緒にじゃがいも掘り。

前回は、幼児3クラスと2歳児クラスを中心に行いましたが、今回は年長さんだけ。私のイメージですと、私が掘り起こす後から、子どもたちが芋を集めていく姿を想像していたのですが、現実はそう上手くはいきません。あまり期間を置かないでの2回目の今日は、子どもたちにとってもそんなに魅力のあることではなかったようです。それよりも何よりも、特に男の子たちのほとんどが、畑の中の虫たちに興味をもって、いくつかのグループに分かれて、虫探しでたいへん盛り上がっていました。

その何ともほほえましい姿をかわいいなあと思う反面、自分の思惑とは違った子どもたちの姿にしてやられたと思っていたのですが、今日の夜の研修会の講師の先生に、一つの活動でそれだけ子どもののびやかさが大事と言って頂き、ホッとしています。

中島さんが冷やしてくれていたトマトやキュウリを、本当に喜んで食べていた子どもたち。私たちも頂きましたが、本当においしかったです。200906261053000

それで鋭気を養った子どもたちは、掘り起こされたイモの集めるときには本領を発揮!あっという間に集めてくれていました。ここぞという集中力には素晴らしいものがあると思います。

ひと段落をした後は、ラズベリー摘み等のお楽しみ。

いろいろな楽しみがあって、子どもたちの畑の活動もさらに彩りを増します。

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部屋の調和

子どもたちにおだやかに成長をしてもらうためには、子どもの生活環境への配慮が大切なのは言うまでもなく、色彩や照明、大人の静かな話し方などに、注意が必要です。私たちも日々それを心がけているつもりですが、まだまだ凸凹もあります。

公設民営としてスタートしてから、園庭空間については、自然の素材から得られる多様な感覚によって、子どもたちの豊かな育ちを寄与できるように工夫を重ねてきました。園舎においても、同じように工夫を凝らしたいのですが、建物すべてを変えるというわけにはいきません。幼児の生活環境という観点が今ほど考えられていなかった時代の建物ですので、難しい点が多々あります。アルミサッシやプラスチックなど無機質なものが多く、子どもたちをやさしく包み込む環境とは言い難いものがあります。公共の施設でもありますから、消火器、非常ベル、避難誘導等、機械警備機器なども、人目にはっきりとつくように設置されています。安全を守る設備ではありますが、おだややか生活環境(場)には異質なものです。

そうしたものから少しでも子どもたちの目をそらせるように、できるところから少しずつ、家具やカーテンなどを用いて、少しずつ少しずつ、室内環境も工夫して来ました。

園舎は本当にサッシが多様されていて、幼児の部屋はテラス(園庭側)の面は、すべてがアルミの柱とガラス窓といった具合です。日当たりが良くていいだろうと思われるかもしれませんが、外がすべて丸見えという状況で皆さんは部屋にいて落ち着かれますか?たぶんそうではないだろうと思います。子どもたちも部屋で遊ぶ時は外の景色はたいへん邪魔になります。ですので、今はどの部屋もカフェカーテンなどを用いて、少し遮断してあげることで、子どもたちの視線が外に向きすぎないように配慮することで、部屋で落ち着いて遊びに向かえるようにしています。

園庭は、ご存知の方はたくさんの自然素材を見つけることができると思います。自然素材は子どものイメージを働かせる重要なものと考えています。

現在のテーマは、外遊びの時に感じられるような自然な素材を部屋の中にも呼び込むことで、外と室内との活動の調和をもたらしていくことです。このことについては、まだまだ十分とはいえません。部屋の環境構成で一番重要なことは調和だと考えています。空間の作り方、色彩の調和、調和が保たれていない場は子どもにとっては落ち着かなくつらいものです。

照明も、資金があれば抜本的に変えたいと思うくらいですが、なかなかそうはいきません。蛍光灯の光は乳幼児にとっては刺激が強すぎます。天井も乳幼児にとっては高すぎて、落ち着かないのですが、これも天井を下げるわけにはいきません。やわらかい色調の布を張るなどして、光を和らげたり、天井の高さを感じすぎないように工夫をしています。

まだまだ改善すべきところは多々あるのですが、すべてが思うようにはいきません。一つ一つできるところから、子どもたちの住環境が少しでも良くなるように、もっと勉強を重ねて改善していけたらと思っています。

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ビデオ撮り

園では、定期的に各クラスの保育の様子をビデオに撮り、自分たちの保育の確認と改善のための研修を行っています。撮るのは私の役目なのですが、部分だけを切り取っても意味がないので、前後の関係もわかるように撮ろうとすると、案外、長時間の撮影になってしまいます。

昨日は、0歳児クラスの様子を撮りました。あいにくの雨でしたが、雨で外に出かけられない分、室内での過ごし方が良く見えるので、それはそれで良かったかなと思います。9時30分頃から11時30分頃まで、要するに午前中いっぱい、遊びの様子(保育者からすれば、環境の整備と援助)、保育者の直接的な育児行為(オムツ交換、着替え、食事)などを、観ていきます。

ただ、何といっても、0歳児クラスの子どもたち、いわゆる赤ちゃんは何をしてもかわいいです。私がビデオを回しているのに興味を持った子は、ジーっと私のほうを見つめて、少しずつ近づいてきます。自ずと、私も本来の役目を忘れて、その子をいつの間にかアップで撮っていたりするわけで・・・他には寝顔がかわいいと、そこをジーッと撮っているわけで・・・研修用というより、懇談会用ビデオかホームビデオのような映像になっていたりするわけです。

今の子たちは、生まれた時から、レンズを向けられる経験を多数しているからでしょうか。このくらいの年齢から、しっかりとカメラ目線の子もいたりします。お腹がすいて泣いている顔もまた良し。

子どもたちのいろいろな表情やしぐさを、たくさん見せてもらったひと時でした。

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畑から貰う力

テレビなどの影響だけではないでしょうが、暇さえあれば、たたかっている子を見かけます。以前、研修会の講師の方が、「自分の前で、たたかいごっこをされた時は、今ここの保育(遊びや生活)に魅力がないから、たたかいごっこをされたら保育者の負け」という趣旨の話を伺ったことがあります。たたかいごっこをやめなさいとも言えない・・・たたかいごっこなどやっている場合じゃないと子どもが思えるような遊びの環境を整え、遊びを援助していくことが私たちの務めと思い、今ここに至っています。今でもたたかっている子は幾人か見かけますが、ずっと以前に比べて、そうした暇つぶしをしている子は本当に少なくなりました。

たたかいごっことはまた違いますが、広い場所を見つけるとやたら走り回っている子がいます。広い野原などであればまだしも、スーパーや公共の屋内を走り回っている子も見かけます。元気ですねと褒められたものではなく、糸の切れた凧状態とでもいいましょうか・・・。

エネルギーの発散ならば、もっと目的的に子どもたちが体を自ら使う経験をたくさんさせてあげたいものです。

そうした点では、子どもたちは畑からいろいろな形で力をもらっていると思います。

地面を掘ったり、土を運んだり、野菜を収穫し運んだり、様々な活動は、子どもたちのエネルギーの方向性を定めてくれているように思います。それによって、心もおだやかになっているなあと感じることも少なくありません。

歩いて畑に行って、時間の許す限り、畑で体を使う。子どもたちの生活のリズムになっていくといいなあと思っています。

勿論、畑だけに限らず、散歩や、これからの夏場のプール遊び、園庭や遊戯室での運動遊びなどの体をしっかり使う活動も大事にしていきたいと思います。

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じゃがいも掘り

昨日までの雨も小康状態、梅雨の晴れ間というには暑すぎるくらいの陽気・・・青空も広がる中、子どもたちと一緒に中島さんの畑でジャガイモの収穫をさせて頂きました。

3月、現在の年長、年中、年少の子どもたちが、年中、年少、2歳クラスだった時に、新たに異年齢の仲間となるメンバーとして、種イモを植え付けさせて頂いたものが、合間の中島さんのお世話のおかげもあり、豊かな実りを迎えたのです。今日は2歳児クラス、一時保育の子どもたち、在園のお子さんの保護者で保育参加して下さった方々、地域にお住まいの親子の皆さんにも参加頂きました。

中島さんの畑までは、子どもの足で約30分~40分かかる距離、子どもたちはしっかりと歩いてくれます。ハンディキャップのある子も、それぞれのペースで歩きとおしてくれます。今日も、朝から蒸し暑い中、一部の2歳児や一時保育の子がワゴンで移動した以外は、みんな良く歩いてくれました。

前日までの雨で、土が湿って重く、ジャガイモの茎を引っ張るとイモがついてこないことが多かったのですが、園の子どもたちはそんなことはおかまいなしに、全身を土で真っ黒にして、両手で土を掘り分けて、大きなイモを掘り起こしている子どもが殆どでした。小さな子は、土の中から出てくるイモに一つ一つ驚いていたり、年中や年長の子たちでは、畑の土すれすれまでに顔を近づけて、イモを探しあてている子たちの姿・・・、数人の仲間で協働して掘り進めている姿が多く見られました。勿論、大人も同じように真黒です。

地域から参加して下さった親子の皆さんも、たくさんイモを掘りあてられていたようです。お子さんたちは、ここまでの規模で普段イモほりをされたことはあるのか・・・お伺いしそこねましたが、楽しんでいただけたなら幸いです。

在園も含めて、ご家庭に持ち帰って頂きましたが、お子さんが掘ったイモをどのようにお料理して召しあがったのか、機会があれば伺いたいなあと思います。

2歳児クラスは、帰りはワゴンで帰りましたが、その他の子どもたちは、帰りもしっかりと歩いて園まで戻りました。毎回ながら、たくましい子どもたちだと感心します。

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笑顔

某区の学校で、笑顔についての授業が行われたとの報道を見ました。

昨今の子どもたちの生活の中に、携帯やネット、ゲームなどが深く入り込み、直接的なコミュニケーションが困難になっていることから、笑顔のすばらしさに気づいてもらおうというのが趣旨のようです。

最近の若者の中には幼い子どものころからバーチャルな世界にどっぷりと浸かっている人が増えています。 

ちょっとでも嫌なことが起きると、現実の社会で直接的に問題を解決しようとしないで「私は必要とされていない」「ここには自分の居場所がない」と勝手に思い込んで、被害妄想的になり現実から逃げている若者も増えているようです。

子どもが、人と直接的に関わる基本的な経験を重ねることを阻害するようなj環境を作り、子どもを悪いほうへ悪いほうへと導いて、それで子どもがおかしくなったと、学校で笑顔の授業をする・・・・本当に不思議で哀しい時代となりました。

東京都の「少子化に関する川柳」で、「バーチャルでけんかも済ますひとりっ子」という作品がありました。

人と関わる力は、一朝一夕に身に付くものではありません。小さい頃からの様々な人との直接的な関わりの中で身についていくものです。笑顔を向けられ、あたたかく関わってもらえることで、笑顔の素晴らしさを肌で感じることができます。微笑みが相手との良い関係を築くことも理解していきます。乳幼児期の人との関わり、子ども同士の関わりが大事です。友だちと遊んだり、共に喜び合ったり、時にはけんかもしたり、怒ったり、様々な喜怒哀楽を人との関わりの中で感じることが、大人になってからの生きる力となっていくのです。

子どもたちが人と関わる基本的な力を育んでくれるように、人との関わりの体験をこれからも大切にする保育を心がけていきたいと思います。

 

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生きる権利

臓器移植法改正4法案をめぐる採決が18日、衆院本会議で行われました、現行法で禁止している15歳未満の子どもの臓器提供に道を開き、大人の場合も含めて家族の承諾があれば提供を可能にするというA案が採決され、脳死=人の死とされました。

読売新聞や日経新聞は、死生観を問われる難しい問題だが、これ以上、結論を先送りすることはできないという積極的論調、毎日新聞や朝日新聞は各案が十分に検討されたとはいえず、議員や国民の間に理解が行き渡っているとは思えないという慎重な論調だったように思います。

現行法が規定する臓器提供の条件が世界の中でも大変厳しい基準のため、移植を必要とする子どもの多くが海外で移植に頼らなければならないということがあります。渡航費用や治療費など莫大な費用が必要とされ、準備が整うまでに亡くなるケースもあります。WHOが渡航移植自粛を求める新指針を決めようともしており、臓器移植を必要とされる患者やそのご家族の立場からは、国内での移植の道が大きく開かれようとしている点で歓迎すべきことかもしれません。

但し、現に今、脳死状態若しくはそれに近い状態で闘病をされている患者やそのご家族の視点で見れば、たいへん複雑な点も多々あるかと思われます。

これまで「死」の伝統的な定義は、「心臓死」でした。心臓、肺、脳機能の停止を確認することでなされます。「脳死」とは、生命維持装置によって人工的に心臓や肺は動いていますが、脳機能が停止した状態をいうそうです。大脳と脳幹の両方が機能を停止した状態を全脳死といい、多くの国で、これが脳死の定義として採用されているそうです。

脳死を人の死とする定義が本当に正しいのかどうか、医療の素人である私にはわかりません。然し、脳死という概念が、臓器移植を可能にするために作られたものであることは理解できます。臓器移植の医療技術を持ち得なかった時代であれば、あえて脳死を判定する必要はありません。死は、個人にとって絶対であり尊厳のあるものです。それが、臓器移植をしやすくするために、都合よく変えられてしまうとういうのは心情的にひっかかるところがあります。

脳死から蘇るとういうことは本当に不可能なのでしょうか。脳死の判定基準は信じるに足るものなのでしょうか。脳死は本当に助からない死なのでしょうか。移植を待ち生きたいと願っている子、生きさせたいと願う家族がいれば、脳死状態でも体は温かく、髪や爪も伸びているわが子の回復を念じている家族もいます。

臓器移植法:「脳死」から8年、身長も伸びた

臓器移植法:我が子の命、思い揺れ 改正案、衆院可決

議論、議論で先送りをすることは、移植に治療回復をかけている患者さんやその家族のことを考えれば決して良いことではありません。

然しながら、私たちが、すべての命にしっかりと目を向けていくことができるようにしていかなければ、それぞれの命の尊厳を守ることはできないと思います。

日本小児科学会が、小児の脳死臓器移植について、法的脳死判定などを検証する「子どもの脳死臓器移植プロジェクト委員会」を発足させたそうです。救急医療や循環器の専門を持つ同学会の医師と弁護士、生命倫理の研究者がメンバーとのこと。。

法的脳死判定が妥当なものなのかどうか、小児の救急医療体制は万全であるのか、臓器を提供した小児患者の家族のフォローアップはどのようになされるのか、考えて頂きたいことは山積しています。現在の小児医療は大変厳しい状況にありますが、なおさらのこそ、今回のことについては改めて明確なものを打ち出して頂きたいと思いました。

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誰がために

私たちは、日々保育に従事していくにあたって、気を配っていかなくてはならないことは、今、自分はどう生きているかということだろうと思います。

今までの生き方以上に。今どうであるかが大事だと思います。「立場が人を作る」という言葉もあります。そこを私たちは、しっかり踏まえていかなくてはなりません。私たちは、常に子どもたちの傍らにいる存在です。それぞれの立場で自分を律しなければなりません。

そこがわからない人間は子どもの傍らにいることをはできないと思うのです。

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新型インフルエンザ―市内で発生(豚インフルエンザ18)

都福祉保健局が15日夜~16日にかけて、4人が新型インフルエンザに感染したと報道発表をしたのは、17日のことでしたが、本日、市内でも感染者が出たとの通知FAXが届きました。

東村山市のホームページ

埼玉県が15日に発表した某大学の多摩地域のキャンパスに通う同県内の男子学生(20)と同じ大学に通う大学生のようですが、現在は入院治療中とのことです。通達では、このことに対して特別な対応をしないとのことで、私たちも冷静な対応が求められるでしょう。埼玉県は18日、米国マサチューセッツ州から一時帰国した入間市内の女児(4)の新型インフルエンザ感染が確認されたと発表しています。女児らの行動は滞在先周辺に限られているため、現時点では感染拡大の恐れはないとのことですが、地域によっては渡航歴のない方の感染も確認されていますので、過剰反応は良くありませんが、これまで通り、日常の感染予防措置と、自分自身や家族の日々の健康チェックを行っていきたいものです。特に小さいお子さんについては、より丁寧な健康観察が大事かと思います。

長野県では、新型インフルエンザに感染した飯田市在住の男性(42)が、市内の「保育フェア」に参加していたことで、全保育園・幼稚園が休業するという問題が生じています。市は、両親が医療従事者だったり、母子・父子家庭で仕事を休めない世帯を対象に緊急保育を実施しているようですが、混乱はあるようです。

多くの保育、幼稚園休園 飯田で確認の新型インフル

新型インフル 飯田市内一斉休園で企業の対応は

特別な対応をしないとのことですが、今後の状況の推移によっては、また違った事態になる可能性も否定はできません。いつ何時どのような事態になっても適切な対応がとれるように、先のような他の自治体の事例等に学びながら、常に一定の心構えをしていきたいと思います。

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お世話

昨日のゲリラ豪雨(?)で、園庭のミニ田んぼにもたくさんの水がたまってしまいました。本当の田んぼなら、水量の調節ができるのでしょうが、こちらはそうはいきません。畦も水没・・・。

でも、それが、子どもたちにはまた面白いのですね。一部分が水没した畦を何度も何度も渡っている子、容器を持って、田んぼの水を汲んでいる子、それぞれに自分たちの興味に添って、田んぼで遊んでいる子たちの姿がありました。6_037web

畑の野菜も今のところは順調に育っているようです。畑のとなりの井戸は、今日も子どもたちでにぎわっていました。6_042web

夕方、ミニブタのタロウとハナコの世話に出向くと、「また、来ちゃった!」といつもお手伝いをしてくれる子のすがた。

今日も一緒に小屋の掃除をしたり、えさやりをしていました。タロウとハナコに話しかけながらの世話の仕方はなかなかのものです。タロウとハナコもそんな様子に安心して、周りに寄ってきます。6_047web

いつも、顔を見せてお世話をしてくれるので、タロウとハナコもよくわかっているのでしょう。「お世話をしたい」という気持ちを大切に、一緒に関わっていきたいと思います。6_052web

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メビウスの輪

メビウスの輪・・・帯を1回ひねって、両端を張り合せて得られる図形です。ユークリッド空間においては、時計回りにひねるか反時計回りにひねるかで、右手系と左手系の2種が存在します。ねじれた輪の表面をペンでなぞっていくと、最初の点に戻るという、表側がいつのまにか裏側になっているという不思議な図形です。

今日は、地域の理科好き(というより理工一筋)のおじさんの、「科学手品の会」でした。扱うことは幾何学や物理学、力学などの有名な理論ですが、その理論を子どもたちの目に見える形にして下さると、それは手品をみるような面白さなのです。今日のメビウスの輪(帯)も、表がいつの間にか裏側になっているという不思議さ、なおかつ、表側というものは裏側の正反対ではなく、裏側に連続しているということの面白さ・・・理論は別として、純粋に不思議さを楽しんでいました。

001web ひねった帯を真ん中から、切っていくと、二つになるのではなく、大きな輪になってしまう・・・このこと自体が子どもたちにとっては、手品なのです。ネタの仕込みがないグレードの高い手品です。

おじさんは、ひねった輪と同じでみんなも良く知っているものは何だと質問をします。

「今年も、男の子が良く当ててくれました。」

終わってから事務室に戻ってこられたおじさんが、うれしそうにおっしゃいました。

答えは遊園地にあって、好き嫌いがはっきり分かれる乗り物です。

003web つなげた輪を切る時の、子どもたちの真剣なまなざし。

一回で出来た子も、何度もチャレンジしてできた子も、みんな満足そうでした。005web

私も、子どもたちと昼食を召し上がってから、事務室に戻られたおじさんとの科学談義を楽しませてもらいました。

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一つの仕事

正面玄関先の植え込みのボサボサが気になり、午前中の少しの時間を使って剪定をと始めたのですが、やり始めると、あちらもこちらも気になり始め、道路脇や、スロープ脇、通用口等、出来る範囲を刈り込んでいくと、あっという間に時間は昼を回ってしまいました。

素人がやることですから、見栄えはパッとしませんが、自分たちでできるところを自分たちですることで意識も高まりますし、愛情も湧いてくるものです。

体を動かして作業を進め、曲がりなりにもきれいになっていくと、頭の中も整理されていくものです。物を考えるには、軽作業をするのがいいみたいです。

今日は夜の会議のために、夕方に園を出るまで、植木屋さんの真似ごとと、動物園の飼育員のようなこと(ミニブタの世話)で大半の時間を過ごしてしまいました。

他にすることがあるんじゃないのかと言われそうですが、こうしたことから見えてくるものもたくさんあるもので、自分には大切な仕事の一つだと思っています。

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詰め込まれる子どもたち

児童福祉施設には最低基準というものがあります。国の最低基準は1948年の制定後、改正されていません。基準が制定された頃は、戦後の復興期で児童福祉も黎明期、その主目的は今で言うホームレスの子どもたちの保護や貧困家庭の子どもへの対応であったため、基準自体も十分なものとは言い難いものでした。 

60年も前に定められた最低基準は、保育室の1人当たりの広さを0~1歳で3.3平方メートル以上(ほふく室)、2歳以上で1.98平方メートル以上と定めています。

3歳以上児で比較すると、ストックホルムでは7.5㎡、パリは5.5㎡、ニューヨーク3.5㎡、ハンブルクでは3㎡など、明らかに海外の子どもたちの生活環境のほうがゆとりがあります。

昔と違って、日本人の体格も欧米人に近づいていますし、何より、住環境も大きく変化し、割合でいったら、食事をする部屋、くつろぐ部屋、寝る部屋など目的に応じて部屋を使い分ける家庭が多いのではないでしょうか。にも関わらず、保育園の場合、よほど恵まれた園は別としても、目的に応じて複数部屋を使い分けられる園は多くありません。

厚生労働省の委託を受けた専門家たちが、0~1歳は4.11平方メートル以上、2歳以上は2.43平方メートル以上を確保するよう提言し、「現在の最低基準は保育をすることが不可能ではないが、現行基準以上のものとなる方向で検討することが重要」と指摘しました。

子どもたちが園で生活をする時間は、昔と違って格段に長くなっているわけですので、可能であるならば、遊んだりくつろいだりする居室、食事をするランチルーム、昼寝など休息をする部屋などを分けて使うことができれば、子どもたちは今以上にゆとりある生活を送ることができ、精神衛生上もたいへん好ましいことと言えるでしょう。

然しながら、現状は、昨今の社会情勢の影響で保育所ニーズが高まり、都市部においては、最低基準ギリギリで子どもたちを入所させても、まだ保育園に入れない待機児童が多数出てしまっているのが現状です。当園もご多分にもれず、0歳~2歳は最低基準ギリギリまで入所を受け入れています。建物面積比を変化させずに、児童一人当たりの専有面積を増やすということは、受け入れられる人数が減るということですから、今の待機児童がさらに増えるということになってしまいます。

また、土地建物に限界がある都市部においては、さらに現行の最低基準を満たす施設を整備することが難しい現状があります。東京都の「認証保育所」の一部では現行の最低基準を緩和しているところもあり、そうした施設においてはさらに一人当たりの生活環境は狭小になっているという現実をどう考えるのでしょう。 

私たちは、児童一人あたりの生活環境が広くなることは、保育の質の向上につながることになると思いますので、そうなれば大変喜ばしいことだと思います。合わせて、児童一人当たりの職員定数も増やして頂ければもっといいと思います。

然しながら、実現は程遠いのだろうと思います。入所枠の拡大、保育面積の拡大、職員の増員・・・思い切った財政出動をして頂かなくてはなりませんが、現状では難しいでしょう。

私たちが諦めたことを言っていては何にもなりませんから、様々な機会を通し、子どもたちの代弁者としての提言を今後もさせて頂きたいと思いますが、皆さんはどう思われますか。

様々なお考えがあるかと思いますが、

今の世の中、狭小の貧しい施設に詰め込むだけ詰め込まれた状態で長時間を過ごさなくてはならない状況がさらに悪化するような事態になれば、子どもの健全育成など難しいことは誰でも想像がつくのではないかと思うのです。

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夏祭り!おやじバンド始動!

早いもので、6月も半分が過ぎました。

今日も夕方からの雨も、かなり強く降りましたが、いよいよ梅雨のシーズンになります。梅雨明けには少し早い7月11日には、恒例の「夏まつり」が予定されています。父母と園とで実行委員会を立ち上げて開催をしていて、既に実行委員会が2回開かれ、準備が進められています。

この間の「子どもまつり」でも参加をした、父母・職員の有志で結成している「おやじバンド」も、毎回ステージ企画で参加しており、「夏まつり」を盛り上げてくれています。

今日は、祭りに向けての第1回目の練習でした。

日々忙しい中も、皆さん練習を重ねてきて、初回としては皆さんもそれなりに満足のいく合同練習だったようです。

私も、毎回、ボーカルとして参加させて頂いていますが、皆さんと違ってなかなか上達もせず恥ずかしいかぎりです。

今回、担当を任された曲も私としてはかなりキーが高く、なかなか歌いこなせていません。今回、一緒にボーカルをすることになっているお父さんは、私より数段ハイトーンボイスで、オリジナルキーでも声に伸びがあります。

おやじバンドも歴史を重ねるたびに、すばらしいメンバーが加入してきますので、いよいよ私も引退かな・・・と思いつつも、やっぱり寂しいので、今まで以上に真面目にボイストレーニングや、楽器にもチャレンジしようかなと思いました。

とにかく、いつもながら、メンバーの皆さんが楽しそうにされている場に一緒にいるだけでも楽しくなります。

一緒に来ている子どもたちも、親御さんの周りで楽しそうにしていたり、園庭で遊んだり、充実の数時間でした。

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きゅうりとひまわり

002web 子どもたちが植えたキュウリも今のところ、スクスクと大きくなっています。

今日の夕方も、子どもたちが早取りのキュウリを口にしていました。

001web 今年は、野菜の他にもいろいろと子どもたちが挑戦しています。ひまわりもそうです。大きな華やかな花を咲かせて、子どもたちを喜ばせてほしいものです。

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梅とラズベリー

006web 今年は、いつも頂戴しているお宅の梅があまり実っていません。昨年はたいへんな豊作でしたので、やはり一年おきでしょうか。

気にかけて下さる畑の中島さんから、地主さんのお宅の梅をご好意で分けて頂けるというご連絡を頂戴しました。本当は子どもたちと伺いたかったのですが、今日は、ポニーたちが園に遊びに来てくれる日でもあり、職員が頂きにあがりました。

梅干しにするにはたいへんいい梅を採らせて頂くことができました。全部で20kg程度。

洗って、樽に移し、塩漬けにする段階で、子どもたちも大人の作業を見たり、梅の香りを楽しんだりしていました。007web 019web

やはり、中島さんの農園で、見事にラズベリーが実りました。採り頃で、雨が降ると駄目になるから子どもたちと収穫にどうぞと声をかけて頂いていたのですが、やはり、これも他の活動との折り合いがつかず、子どもたちとは伺えず仕舞い、今日、梅採りに伺った職員がたくさん頂戴してきて、今日のおやつの時に子どもたちが舌鼓を打っておりました。完熟摘みたてのラズベリー、・・・本当に贅沢な経験です。感謝です。011web 012web

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新型インフルエンザーフェーズ6(豚インフルエンザ17)

新型インフルエンザ感染拡大は、関西では下火になったようですが、6月に入って東京都や千葉県などで学校の集団感染が発生し、5日以降で100人以上が新たに確認されています。重症化や死亡の報告はないということで、厚生労働省は適切な感染予防を呼び掛けています。

WHOは11日夕(日本時間12日未明)に、新型インフルエンザの警戒度を、世界的大流行(パンデミック)を意味する「6」へ引き上げると発表しました。

新型インフルエンザ:警戒度6 41年ぶり「大流行」--WHOが宣言

政府はフェーズ6引き上げ後も検疫強化はしない方針とのことで、、渡航や入国制限もしないようです。国内対応も、新たな対策は示されないそうですが、何度も繰り返しますが、秋以降の第2波への警戒は怠らないようにしなくてはなりません。

新型インフル:解説 警戒度「6」に…「第2波」に備えを

アメリカのCDCは、学校と同じように、新型インフルエンザの流行地域内や保育施設内での流行に伴っての、保育施設の閉鎖は推奨しないという見解を示しています。

保育施設は、地域の保健関係機関と共に協力して、正しい判断と、適切な方針をおこなうことが基本で、保育施設管理者は、すべての子どもの健康チェックを毎日行うこと。病気の症状のある子供は、自宅に留まるべきで、たとえ一時的でも、ある保育施設からほかの保育施設へ預けることは避けること。保育施設は頻繁に触られるもの(例えば、机、取っ手、キーボード、おもちゃ)は、定期的に、または表面が汚れた際に、きれいにし、消毒されるべきであること。保育施設は、手指衛生や咳エチケットなどのインフルエンザの拡大を抑える方法を推し進める目的の教育活動の一端を担うこと。などを推奨しています。

日本の保育施設、特に認可園では日常の保育の中での感染症や衛生管理への対応はマニュアルの整備や実際の対策を厳しく求められてきていますので、CDCが言っているレベル以上の対応はできていると思います。それらについて、さらに徹底していくことが、今後秋へ向けての対応として求められることです。

 

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お茶のこころ

002web_2 和敬清寂

この4つの文字の中には、すべてのお茶の心がこめられているそうです。

「和」・・・お互いに心を開いて仲良くする
「敬」・・・お互いに敬いあう
「清」・・・目に見えるだけの清らかさではなく、心の中も清らかである
「寂」・・・どんなときにも動じない心

お茶のおけいこでは、この「和敬清寂」の心に近づけるように、おけいこに励んでいます。

茶は服のよきように  ―心をこめる―Img_0004web_3

味覚でおいしいと感じることだけでなく、一生懸命に点てたお茶を客がその気持ちも味わっていただくという一体感を意味しているそうです。

お茶の時間が、年長の子どもたちが、自分のことだけではなく、相手の気持も慮る心を育む場であってほしいと願っています。

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かぶとむし

Img_0002web 幼児クラスで、カブトムシを飼っています。

飼育ケースを囲んで、男の子たちが盛り上がっています。

カブトムシの扱いで、熱い語りあい・・・気持ちが入りすぎて、互いに口調が強くなって、けんかにもなるくらいです。

それほど、気持ちを熱くさせてくれるカブトムシです。あなどれません。

他のクラスの子も見たくて集まってきます。

「これは、○○ぐみのカブトだから」と、ここでもまた、熱い駆け引きが繰り広げられます。

ケチでもいじわるでもないのです。それだけ気持ちが入っているのです。大人の軽々しい仲裁は百害あって一理なし(状況によっては頃合いを見ての仲裁は必要ですが)。

園庭の腐葉土だまりや、朽ちたシイタケのほだ木の下などからは、カナブンやコクワガタも見つかっています。虫好きにはたまらない季節になってきました。

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よもぎ

6_032web_2 中島さんが、畑でよもぎを栽培し始めました。

たいへん順調に生育されているようです。

今日は、お声をかけて頂いていたので、職員がよもぎを摘ませて頂きましたら、写真のようにたくさん積んで帰ってきました。

水洗いをして、これから、十分に乾燥をさせていきます。6_033web_2

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てるてるぼうず

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お天気を祈っての、てるてるぼうずが、軒に風に揺れています。願いがかなってか、今日はたいへんいいお天気となりました。

実習生の責任実習にお付き合いの子どもたち以外は、それぞれのクラスでお散歩に出かけていきました。

北山公園は、菖蒲まつりの真っ最中。お散歩で行ってきた子どもたちから、いろいろとお土産話を聞きました。今しばらく、菖蒲の見頃は続くでしょうから、子どもたちと一緒に行ってみたいと思います。

6_018 この写真は、登っているのでしょうか?降りているのでしょうか?正解は降りています。1歳のクラスの子どもたちが、お散歩に行くのに、階段を下っているところです。大人が同じ姿勢で階段を下ると、全身を使ってかなりの運動になります。子どもたちはこうして体を作っていきます。6_030web

お散歩から帰ってくると、お腹もすいて、食事も良く進みます。1歳児クラスの子どもたちの食事の風景です。おかわりもお願いして食べていました。

これから、梅雨の季節になりますが、できるだけ、子どもたちとこの時期を感じられる地域の自然の中に、子どもたちを連れ出したいと思います。

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びわの実

6_010web 園庭に植えた、びわが実をつけました。

子どもも大人も、宝物を手にしたかのような喜びようでした。

しっかり味わった後も、その種をいつまでも大事そうに手にしていました。6_009web

クワの木とりでのクワの木も、たわわに実をつけ、これも、子どもも大人も実を手にしていました。たくさん実をとってもらって、両手で持ち切れずに、服をかごにしていた子もいました。6_012web

お友だちも覗き込んで、みんなで全部をお腹に入れていました。

プランターの中のキャベツは、大きくなる前に、いろいろな生き物のえさ場になっているものもあります。農家の方ならば、とんでもないことですが、子どもたちにとっては、いろいろな生き物をじっくり見るいい場所になっています。キャベツを育てるはずが、青虫やカタツムリを育てているようなこともたくさんあります。6_005web

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お泊り保育 Memories

今年度も、年長の子どもたちとの一泊二日の冒険の幕が閉じました。

天気は雨模様でしたが、山に入ると、雨は本当に気にならないくらいでした。子どもたちも、元気な足取りで登って行きました。

雨の日は、森を歩きまわるのはうってつけだと、かねてからわたしは思っていました。メインの森は、雨がふるととりわけ生き生きとして鮮やかに美しくなります。針葉樹の葉は銀色のさやをまとい、シダ類はまるで熱帯ジャングルのように青々と茂り、そのとがった一枚一枚の葉先からは水晶のようなしずくをしたたらせます。

カラシ色やアンズ色、深紅色などの不思議ないろどりをしたキノコのなかまが腐葉土の下から顔をだし、地衣類や苔類は、水を含んで生きかえり、鮮やかな緑色や銀色を取りもどします。(センス・オブ・ワンダー レイチェル・カーソン 上遠恵子訳 新潮社 P18)006web

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頂上まで登り、こんぴら神社にお参り、奉納されている天狗の絵馬などを見つけて、子どもたちもいろいろと想像をめぐらしていました。

お弁当の後は、木々の間を追いかけっこをしたり、木登りをしたり、子どもたちの歓声が響いていました。その間に、子どもたちが御神体の岩のあたりで見つけた水晶玉(砲丸の玉くらいの大きさでした)・・・子どもたちも真剣に見入っていました。018web

山を下りて、宿舎へ移動、宿舎の前の川を散策し、マスをつかまえました。冷たい川の水もなんのその、次々にマスをつかまえていました。つかまえたマスは、宿舎の人に頼んで、から揚げにしてもらい、夕食の一品となりました。骨まで食べられて、みんなきれいに食べていました。021web

キャンプファイヤーの時は、雨が強くなったため、広間で集会を始めましたが、みんなで歌っている間に、窓の外に火があがり、窓ごしに見つめながら、「火の神様か来たのかな」などの会話も聞かれました。雨も小降りになり、花火を外で楽しむこともできました。

二日目は、鍾乳洞へ探検。不安や怖さはありながらも、朝の集会で気持ちを奮い立たせて出発しました。030web_2 

鍾乳洞の奥の奥に、こんぴら山で見つけた水晶玉がありました。その横に、頑張った子どもたちへの贈り物・・・子どもたちの手にのる玉が・・・。

一人一人、岩を登って、その玉を手にしました。その時の子どもたちの顔はたいへん誇らしげでした。

帰りの電車の中でも、大事そうに、その玉を眺めていた子、怖かったけれど、水晶玉があったほら穴が一番楽しかったと言ってた子・・・、

今回の子どもたちの経験が、これからに生かされるように、明日から一日一日をまた大切にしていきたいものです。

好天とはいえないコンディションの中、親元を離れて、楽しさと同じくらいの緊張も感じていたであろう子どもたち・・・昨夜から今日と疲れが出たり、体調を崩していたりしていないかと心配にもなっています。明日、元気な姿を見られることを願っています。

保護者の皆さんには、近日中に、写真とビデオをご覧になって頂けるように致します。

マイアルバムに一部写真をアップしました。保護者の方及び園関係者のみ閲覧可能です。パスワードは園にお尋ね下さい。以前にお教えしている方は、変更はありません。

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お泊り保育 鍾乳洞

鍾乳洞、探険してきました。怖くて、一歩踏み出せなかったり、泣きだしたり、でも、そうした自分を自分の力や仲間から勇気づけられて、乗り越えていました。子どもたちを待っていたのはとっても不思議なこと。親御さんには、お子さんから直接聞いて欲しいので、ここではこのくらいに。疲れはあるでしょうが、みんな、元気です。

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お泊り保育 朝

二日目朝、朝ご飯をしっかり食べて、いよいよ鍾乳洞まで探険です。
宿舎のおばさんに、どこにあるのか聞いている子もいました。少し恐がっている子もいますが、みんなで頑張ってきたいと思います。

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お泊り保育 キャンプファイヤー

雨のため、広間での集会となりましたが、みんなで歌い始めたら、庭から炎があがり、みんなびっくり。しばらく、炎に見入っていました。
その後も、歌って踊っての盛り上がりました。
そのうちに、雨も小降りになり、花火を外で楽しむことができました。吹き上げ花火も盛り上がりました。2回目のお風呂も大はしゃぎでした。
す話を一つ聞いて、床につきました。

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お泊り保育 マスつかみ

宿舎の前の川へ足を運び、マスのつかまえました。川の水はさすがに冷たかったですが、子どもたちは、それは気に留めず、一心不乱にマスを追い込んでいました。苦手な子も、仲間の応援を受けて、しっかり、つかまえていました。
宿舎に帰って、すぐに、お風呂。みんな、大はしゃぎでした。
今は、休憩とレクタイム。もうすぐ、お楽しみの食事です。捕まえたマスが、一品として出ます。

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お泊り保育 こんぴら山

雨が降っているのも感じないくらいのパワフルさを発揮した子どもたち。声かけあったり、歌ったり、たのしそうでした。お弁当は、親御さんの愛情が溢れんばかりでしたね。みんな、幸せそうに食べていました。神様の岩のところで、不思議な水晶玉を見つけました。今は、宿舎まで移動してきて、休憩中です。

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お泊り保育

今日から、一泊で、年長児のお泊り保育。

昨日までの天気予報だと、天気も少し持ち直すはずだったが、昨夜のうちに天気も変わり、雨となってしまいました。現地のピンポイント天気も雨。

これはこれで、腹をくくらなくてはなりません。雨だと嘆いている暇はありません。

雨なら雨で、子どもたちにとって、たった一度の「お泊り保育」をいかに思い出深い時間とするか、私たちの力量が試されます。

雨も決して悪くない・・・雨の日にも雨の日ならではの自然の面白さがある・・・そんな発見を子どもたちと一緒に経験できたら素敵だと思います。

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ミニブタにハンバーガー

今日の夕方

いつものように、ミニブタのタロウとハナコの世話を始めると、

二人の女の子がお手伝いにやってきました。

年少以上の子たちで興味関心のある子どもたちは、ほとんどの子が小屋の中に入りたがります。

今日の子たちも、「入りたい」

ほぼ完全に清掃を済ませてから、二人を招きいれます。最後の床のブラッシングを手伝ってもらってから、えさやりを子どもたちにしてもらいました。

今日のえさは、給食で使った野菜の端物・・・里芋やにんじんの皮や、だしがらなどです。

子どもたちも慣れたもので、タロウとハナコの口元にえさを差し出し、彼らが食べる様子を楽しげに眺めています。

「なんで、おイモの皮は食べないんだろう」と子どもたち

「好きだけど、もっとおいしいお魚(だしがら)があるからね」と私

面白かったのは、一人の子が、里芋よりだしがらを食べているミニブタたちを見ていたかと思うと、葉物の間に里芋の皮とだしがらをはさんで、

「ハンバーガーだよ」

とミニブタたちに差出したのです。

ミニブタたちはあっという間にそれを食べました。

その時の、その子のとてもうれしそうな顔・・・「食べたねぇー」

自分が用意した里芋の皮をどうしたら食べてくれるか、一生懸命考えたのでしょう。

「食べたねー、いい子、いい子」と、タロウの頭をなでていた、その子。

「あなたも、とっても、すてきだよ」と、心の中で語りかけました。

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梅ジュースと桑の実

園庭の桑の木の実も、濃い紫色に色づき、食べ頃となっています。今日は、幼児クラスの子どもたちが摘んだ実のおすそ分けを頂きました。ほんのり甘ずっぱい味をしばしの間楽しませて頂きました。一年でもこの時期しか味わえないものですから、貴重です。

子どもたちは、その後、桑の実ジャムを作って、さらに楽しんだようです。

収穫した小梅で作っていた「梅ジュース」も飲みごろとなり、これもまたおすそ分けを頂戴しました。少々濃かったですが、爽快な酸味で美味でした。

舌やのどごしでも、季節を感じられるというのは、本当に贅沢なことだと思いますが、こうした一つ一つが、これからを生きる子どもたちには何より大切な経験だと思います。

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6月議会にて

6月議会が開かれている最中です。

本日の一般質問の中で、一人の議員の方より、本年4月1日で締結された市と指定管理者である当法人との間での基本協定書について、昨年8月に起きた指定管理者選定の際のトラブルを教訓にして、前回平成18年に締結した基本協定書に書き加わった項目について確認の質問がなされました。

基本協定書の第39条の「指定管理者制度の概要等の説明を毎年度の入園説明会などにおいて、保護者に対して行うものとする」について、市として具体的にどのように説明するべきと考えるか。

次の選定の際に、現行法人以外の事業者が指定管理者となった場合、1年3カ月の移行期間を設けることになっていることについて、移行作業に対する考え方や、移行期間の指定管理料についてどのようになるか。

指定管理者の評価、選定に関するシステムについての設計はどのように考えられているのか。

指定管理者の評価、選定に関するシステムは、プロジェクトチームをつくって設計を進めているのか、また、どういうメンバーで設計を進めているのか

等が、主な質問でしたが、当園以外の公共機関に対する指定管理の考え方にも質問は及んでいました。

一つ一つの質問に、担当者の方々は丁寧に答弁をされていたと思います。

当園の指定管理に関わる答弁は、あたり前のことですが、協定締結前の市と法人との協議の中でも、様々に議論が重ねられてきた内容とほぼ同様のものでした。

協定締結前の協議の中の話には、納得了承できるものもあれば、総論で理解できても各論ではさらに継続して協議を重ねていきたいというものもありましたが、総体として合意ができたことで、協定が締結されたわけです。

私たちとしては、真摯に日々の保育にあたるとともに、協定に基づき、市とも今まで以上に誠意を持って連携をしていきたいと考えています。

園における保育実践の向上はもとより、地域における保育施策のビジョンや待機児の動向など、市とも丁寧な話し合いを重ね、協力体制をとりながら、今後一層、市の抱える保育に関する諸問題に貢献していきたいと思います。

今後、指定管理者の評価、選定に関するシステムが整備構築されていくことと思います。前述したような考え方に立っての実践の積み重ねによって、「選ばれる保育園」たるべく、一層の努力を重ねていきたいと思います。

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収穫

帰り際、お迎えのお母様にご挨拶・・・でも、お子さんの姿が見えません。

「そこにいるんですよ」と、お母さんが指し示したところに、他のお友だちと二人。

保育園帽子の中に緑色の球体が数個、二人で、「あっち」「こっち」と品定めをしている様子。

「すみません、緑色なのに採ってしまったみたいで、トマト・・・」と、お友だちのほうのお母様。

よくよく見れば、確かにまだ緑色鮮やかなミニトマト。

うれしそうに手にしている、子どもたち二人。

実がついているのを発見して、その小さい手をのばして採っただのろう・・・どんなにかワクワクしたことだろうと、想像すると思わず頬が緩んでしまいました。

二人にとっては、立派な収穫。

その気持ちを大事にしてあげなくてはと思います。

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子どもの4つの権利

子どもの権利には、4つの柱があります。

生きる権利

すべての子どもたちは健康に生まれ、安全な水や十分な栄養を得て、健やかに成長する権利を持っています。

守られる権利

すべての子どもたちは、様々な差別や虐待、搾取から守られなければなりません。紛争下の子ども、障害をもつ子ども、少数民族の子どもなどは特別に守られる権利を持っています。

育つ権利

すべての子どもたちは教育を受ける権利を持っています。また、休んだり遊んだりすること、様々な情報を得、自分の考えや信じることが守られることも、自分らしく成長するためにとても重要です。

参加する権利

すべての子どもたちは、自分に関係のある事柄について自由に意見を表したり、集まってグループを作ったり、活動することができます。そのときには、家族や地域社会の一員としてルールを守って行動する義務があります。

(引用:日本ユニセフ協会ホームページ>ユニセフについて>子どもの権利条約)

世界においては、様々な歴史的な経緯、政治的側面、イデオロギーの違い等に起因して、民族間の対立や迫害、国や地域の紛争などが絶えません。そこには、日本が大きく関わっている問題も少なくありません。そうした問題の影響を大きく受けるのは、いつの時代も、どこの場所でも子どもたちです。

子どもたちが、先に述べたような4つの権利を行使しようとしても、彼らを取り巻く環境がそれを許さず、不必要に傷つけられる・・・、私は、それを決して良しとはしません。

昨日、ある映画を観る機会に恵まれました。

子どもたちの持つ理由とは別の、大人の社会の問題に翻弄されながらも、一生懸命に生きている子どもたちの姿がそこにはありました。いろいろな経験をしてきているからでしょうか、同年代の日本人の子どもより精神的に大人の印象も受けました。

また、加えて感動したのは、周囲の大人たちの子どもたちへの愛情の注ぎ方、過保護・過干渉でも放任でもない、互いに尊敬の念を持ちながらのつながりには、熱いものを感じました。こうしたつながり方を、私たち日本人の多くは忘れてしまっているのではないかと、深く考えさせられました。

今、この時代を子どもたちも生きている以上、大人や大人社会とまったく無関係に生きていくことは難しいわけですが、だからこそ、もっと私たちは、そのことに思いを向けて、子どもたちに不要な重荷を背負わせるようなことは避けていかなくてはならないのだと、考えさせられた映画でした。

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