葉っぱのフレディ
子どもや若い人たちは、日々死を意識して生きるということは少ないかも知れませんが、年を重ねてくると、様々な経験も相まって死を身近に感じることも増えてきます。
私も、今の年齢だとうまくいって余命は35年、これまで生きてきた年数には及びません。体格、体質を受け継いでいるといわれる祖父を基準に考えれば25年。様々な哲学者が、おおよそ私くらいの年齢になったら、自分の人生の幕引きをどうするかを考えて生きたほうが良いと言っています。
自分の生きてきた意味や価値等を整理する・・・人は一人で生きているわけではなく様々な人との関係性の中を生きているわけですから、そこも含めて自身の生を考えていかなくてはなりません。私たちはよく生きる権利と同時に、よく死ぬ権利をも持っています。その時間の長さは別としても、よく生きることでより良い死を迎えられる・・・一日一日をどう生きるかが問われてくるのでしょう。
「葉っぱのフレディ」という絵本があります。だいぶ昔にブームになりましたので、ご存知の方も多いかと思います。
葉っぱのフレディは夏の間、気持ちよく、楽しく過ごします。遅くまで遊び、人間のために涼しい木陰をつくり・・・秋が来ると、葉っぱたちは紅葉します。そして冬。とうとう葉っぱが死ぬときがきます。死ぬとはどういうことなのか...友だちのダニエルはフレディに、いのちについて話します。「いつかは死ぬさ。でも”いのち”は永遠に生きているのだよ。」フレディは自分が生きてきた意味について考えます。「ねえダニエル。ぼくは生まれてきてよかったのだろうか。」そして最後の一枚となったフレディは、地面に降り、ねむりについていきます。
フレディとダニエルが話すことを通じて、「生きるとは」「死とは」を考えさせられます。
「死ぬということも 変わることの一つなのだよ」というダニエルの境地・・・いのちの循環、今現在も私たちは命の循環の輪の中に存在します。いのちの変化、いのちのつながり・・・。
自分自身のことばかりでなく、そうしたことをしっかりと考えていくことは、生まれて間もない小さな命を守り育んでいく覚悟にもつながっていくものだと思います。
今日、久しぶりに「葉っぱのフレディ」を開いてみました。
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